★Vol.11 ソウルで観た永井雄一郎 ■ロスタイム 前方のシートに陣取った背広姿の韓国人男性は、腰を浮かせて 主審を指差す抗議のポーズのままに絶叫をくり返していた。 通算時間で示される城山ワールドカップ・スタジアムの時計表示は、 すでに90分の表示で停止している。 聞きしにまさる韓国サポーターの喚声が渦巻くスタンド。そこ には終盤にさしかかってペナルティエリア内で倒されたアン・ ジョンファン、そして日本陣内奥ふかくで潰されたチェ・ソン グクの転倒をファールに取らなかったレフェリングに対する怒 号が降り注いでいた。 0−0のままのロスタイム。この肝心な場面の中盤でコントロ ールミスを犯したアン・ジョンファンのプレーが、“動揺する 韓国”を象徴していた。こぼれ球を拾った奥大介のロングフィ ードは、果たして左サイドのオープンスペースに飛ぶ! 韓国サポーターのことなど言えた立場でもなかった。目の前の ライン際を猛然と駆け上がってゆく永井雄一郎の姿を、私もま た肩を怒らせた中腰の姿勢のままに追っていた。 興奮に膨れ上がった客席のあちこちから「行けっ、ナガイ!」 の日本語の叫びが上がり、レッズ・サポーターなら知らぬ者ない “ペナルティエリア左角”から始まるブルーの背番号11のドリブルがスタートする。 「勝負してくれ! 誰にも渡さないでくれ!」 こころの中で必死にくり返したのは、こんな言葉だった。 視界に入ったのはボールを持って前を向いた永井の姿だけ。 追いすがってきたキム・テヨンら3人の韓国DFはもちろん、中 央にフォローしてくる三都主アレサンドロや小笠原満男のブル ーの影さえもが邪魔者に見えた。 私の中では、ただただ彼のゴールを待つ“熱望”だけが突き抜けていた。 マーカーのキム・テヨンの股間を通した切り返し。フワリと浮 かび上がり、韓国ゴールの純白のネットに吸い込まれてゆくボール……。 眼に焼きついたそれら幾つかの残像のほかは何も見えず、何も聞こえなくなった。 75分の永井登場。その瞬間から態度を豹変させてしまった私の 熱狂ぶりに、あるいはとまどっていたかも知れない。観戦中に 結束を誓った周囲の日本人サポーターたちの顔には、歓びを分 かち合いながらも私の表情を怪訝そうに窺う気配が見える。 彼らとの握手もそこそこに、私は席を立ってスタジアムの外に出た。 日本サポーターの勇壮な勝鬨の声が上がることは分かっていた が、何故かゲーム後のその場面に立ち会う気分にはまるでなれ なかった。 沈黙に沈んだまま家路を急ぐ韓国サポーターの大混雑にもまれ 、ようやくにして辿り着いた地下鉄に向かうエスカレーターの ベルトに身を預けながら……。私はひとり、こころにこみ上げ てくる熱い感情を噛み締めていた。 ■受け継がれるもの 「9番つけるのは永井ですって? 永久欠番にはしなかったん ですねぇ……。豊田さんはどう思います、これ」 福田正博の引退にまつわる著作『帰郷』を上梓した後、何人か のレッズ援軍の人たちからこんな言葉をかけられた。 これほどに長い間にレッズというチームに伝統を築き、君臨し てきた「No.9」なのだ。誰が引き継ごうと、無条件にそれ がレッズ・サポーターの面々に認知されることはないだろうな とは思っていた。 永井がそれを継承することには、何の異存もなかったが……。 「線が細い」とか、「外国人ストライカーに取ってかわれない 」とか。再三に囁かれた評価は彼自身がグラウンドで覆してゆ かなければならないし、おそらくそれは福田が引退して彼の影 がチームから消えた後に時間をかけて築かれてゆくものだろう と思っていた。 ゲーム前の夕刻、ワールドカップ・スタジアムがある城山に向 かうソウル地下鉄6号線の車内。喜々として試合会場に赴く赤 のレプリカの韓国サポーターたちには、「世界ベスト4」にま で昇りつめた自国代表の援軍たる自身があふれていた。 そして同じ車内には、遠路駆けつけた多くのレプリカ姿の日本 サポーターも見かけることができた。 日本の誇る「欧州4人組」の欠場。ブルーの色彩に身を固めた 誰もがホーム・韓国の優勢に頷き、それに対抗する先発メンバ ーの予想に花を咲かせていた。 「決められるの、ゴンちゃん(中山雅史)しかいない」 「黒部、こないし」 「山下(芳輝)で行くのかな」 「どっちにしろ、厳しいよね。ジーコの初勝利……」 日本の援軍たちの口からは寸前に召集された永井の名はついに 聞かれず、正直なところ私も「坪井の代表デビュー」くらいま でしかイマジネーションを働かせることができずにいた。 それだけに、6万5千の大観衆を飲み込んだスタジアムのヴィ ジョンに登場したブルーの背番号11には、いいしれぬ高揚を感 じた。左手に見上げるアウェー側ゴール裏二層を占める、ウル トラス・ニッポンの「ナガイ・コール」はこころに響いた。 ピッチに立つなり、マークについた敵DFのパク・チュンギュ ンがしきりに永井の表情を覗き込む仕草を見せる。韓国サイド にとってもこの長身ドリブラーの登場は、いかにも情報不足の 面があったことは間違いないだろう。 永井はまたとないこのチャンスをよく理解していた。 早々から「向かい合ったら勝負!」という気概を漂わせた強気 の攻めが、日本サッカー史上3度目という敵地での韓国撃破を 果たすゴールに繋がった。 レッズ所属のプレーヤーの代表戦ゴールといえば、2001年 5月のビッグスワンで行われたコンフェデレーションズ杯。カナダを沈めた、 あの小野伸二のFK以来となるだろうか。 実況のレポートでピッチ上にいた“ミスター・レッズ”福田正 博と固く握手を交わすヒーローの笑顔。それは、レッズ・サポ ーターなら特別の感慨を抱かずにはいられない場面であったろう。 * ソウルの夜は更けつつあった。市街地には劇的な勝利に酔う、 多くの日本人の歓声が響いているはずだった。 夕食も済ませていなかった“低予算取材”の私には、すっかり この街のお気に入りとなったバスターミナル駅近くの食堂の“ 冷麺”が待っていた。後はホテルで「KBSスポーツ」を観な がら、ひとり祝杯を上げるための缶ビールを手に入れるだけで ある。 帰り着いたホテル・フロントの韓国人スタッフは、私が何をし て今宵を過ごしてきたかを先刻ご承知だった。ルームキーを差 し出しながらも苦笑いで眼を逸らそうとする彼に、無理やり“ 歴史的ゲーム”の半券を突きつけてみる。 「分かってます。今夜の日本は強かった……」 − 観てたんですか? 「後ろの控え室で、スタッフみんなで観てました。ナカヤマは ファイターで、良い選手ですね」 − でも、今日のヒーローはナガイでしょう! 「ナガイ? おぉ、決勝点を入れたNo.11ですね。ナガイ というのですか、あのハンサムボーイは……?」 私は「憶えておいた方が良いよ」という注釈を加えながら、敵 地ソウル用に密かに用意しておいた大見栄を切った。 − ナガイ・ユウイチロウ……。私のチームのNo.9です! (第11稿了 2003年4月20日) ★お知らせ……REDS PRESS(http://www.anystyle.jp/redspress/) で連載を担当させて戴くことになりました。日韓戦の詳細は 、近日にこちらでもアップいたします。 「駒場漂流過去ログページ」へ 皆さんの感想が豊田さんのモチベーションとなり次のコラムとなります。 是非とも感想は「豊田充穂コラム感想掲示板」までお願いします。 著書紹介 <無断転用・転載を禁じます> |
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豊田 充穂 (とよた・みつほ) |