| Vol.9 URAWAが待ち続けるもの(前編) ■Part.1/ 西口周辺のワールドカップ温度。 久方ぶりに、浦和駅西口周辺に出かける用事ができた。 駒場スタジアムやその正面玄関前を通る幹線道路がある東口方面に 向かうためにクルマでは頻繁に通過するのだが、 ゆっくりこの近辺を歩くことはこのところずいぶんと少なくなってしまった。 レッズの赤を随所に掲げた居酒屋「力」の盛況ぶりが聞こえる路地や、 レッズ・イレブンのフットレリーフが並ぶ伊勢丹前の舗道を歩く。 そうすればたちどころに、この街の“サッカー温度”は肌で感じることができる。 それにしても気配がない、というのが実感だ。 2か月足らず後には、W杯開催という巨大イベントを控えているというのに。 イングランドを始め予選リーグを埼玉スタジアムで闘う 各国の国旗などが翻ってはいるが、 街の盛り上がりの気配がいまひとつ希薄と思えてならない。 だが、たちどころに仕方がないというか、 それも至極当然のことなのかもしれないという思いが心をよぎった。 いかにサッカーの街・浦和といえども、みんながみんなサッカー好きということでもあるまい。 あのフットボールの祝祭にやみくもに傾注してきた自分の中にさえ、 今回に限っては妙によそよそしい気分が支配している。 理由もはっきりしている。当初から巻き起こっている、 チケットにまつわる得体の知れない高騰プライスの氾濫は何なのか。 「ブラックマーケット排除」 を謳い、あれほどに希望者に繁雑な手順を踏ませた応募の意味はどこにあったのか。 この企業PRだけが連呼される入場券プレゼント告知の コマーシャルの騒がしさは何なのか。 4年に一度のサッカーの祭典の意義はじゅうじゅうに承知してはいても、 「これ以上、チケット騒動に振りまわされるのはもうたくさん」 という怒りに似た心境に至る人が私以外にいても不思議はなかろう。 どうやらこの大会は、純粋にサッカーに傾注してきた人のものではなさそうだ……。 春の気配だけが深まる駅周辺で、その所用がらみで会った友人との別れ際の話題が この感情に拍車をかけた。 横浜住まいのグラフィックデザイナーである彼は、 地域優先枠の応募に当選して横浜国際の開催ゲームを観戦するのだという。 「ちゃっかり応募はしていたんだ」 「いやぁ、カミさんの妹が知らないうちにね」 「どことどこの試合?」 「たいしたカードじゃなかったな……ええっと、エクアドルとどこか」 「クロアチア?」 「あ、それそれ」 「対戦カードも知らないで行くとはキミらしい。奥さんも行くの?」 「うん。4人分あるから、ウチ夫婦とカミさんの妹夫婦で」 「……」 彼はJ創設当時はカズとラモスだけを知っている自称“ヴェルディ・ファン”。 とはいえ試合観戦歴でいえば、 私とともに恩恵に預かったJリーグのオフィシャルガイド取材のための数試合のみ。 ひたすら「天皇杯」を「天皇賞」と呼び、野茂英雄がドジャース入りすれば たちまちJを放り出して大リーグに走り、セナが不慮の事故で他界するまでは“F1”のスタンドに も通いつめたキャリアを持つ男なのだ。 ここまで書けば、それとなく想像してもらえるとも思うが……。 彼自身はともかく応募した当人である妹夫婦に至っては、 初めてナマで見るサッカーがいきなりW杯観戦ということになるらしい。 こういう人に限って当たるのだ、という言うに言われぬ感慨。 そしてこのW杯における日本会場のスタンドの様相を想像し、 暗澹たる表情であったに違いない私の顔に気づいたのだろう。 苦笑しながら彼は私に抗議してくる。 「もしかして凄く俺のこと、馬鹿にしてない?」 「そんなことはないよ……ただね、サッカーの盛り上がりっていうのは、 客席の雰囲気に影響される部分が大きいんでねぇ」 「もう分かったよ、せめてハーフタイムにチアガールが出てこないからって 騒がないように気をつけるからさ!」 滑稽な怒りのポーズを見せながら去ってゆく彼の捨て台詞も、 どうにも心から笑うことができなかった。 自宅方面に向かうバス停に向かいながら、 先日上梓した著作の感想を届けてくれたヴェルディ・サポーターの言葉が心に思い出されてきた。 「プライドとスタンスを見失わない浦和レッズのファンには、心からの敬意を抱いている。 ヴェルディ凋落の原因はサポーターとの連携や彼らへの配慮を怠った、 球団の意識の欠如に尽きると思う」 今年51歳、旧JFL時代からの読売ファン。 拙著に記載した1967年のメキシコ五輪予選も韓国vsフィリピン戦にいたるまで 国立のスタンドに立会っていたという彼は、 「この読売の愚を負の記録として残さない限り、 日本サッカーはまた同じ過ちを犯すと思う」 とまで言い切った。(このゲームの結果は5−0で韓国の勝利。 フィリピンは試合前に「20点を取る」と豪語した韓国代表チーム首脳のコメントに反発し、 イレブン全員がペナルティエリア内で専守を徹底した。 この結果、15−0でフィリピンに勝利していた日本の五輪出場が決定する) 例えば彼のようなファンは、永年の苦難の末に実現したこの国を舞台とする祭典に、 無事に立ち会うことができるのだろうか。 あまりに“一過性”の商業主義支配の印象が支配するプレリュードに、 思わずそんなことが気にかかってしまった。 私の後に続いてバスに乗車してきた若者二人組の会話が、耳に入ってくる。 「あのコミック誌のトルシエの顔、笑えたね」 「全然似てねー、だよ。それにしても何で漫画にまでなるんだろ」 「それより、レアル・バイエルン、観た?」 「おっ、結果言わないでね、観てないんだから」 ああ、ここは浦和なのだと改めて感じ入った。少しばかり、気分が和らいだ。 ■Part.2/ 残されたピース。 この浦和駅西口周辺の雰囲気の一件に比べれば、 それと前後して招かれた同じ西口近くの 「URAWA POINT」 のプレオープンの催しには心地よい純粋さがあった。 ご存じのように、ここはURAWA−BOYSの相良純真君が立ちあげた店だ。 過ごしてきた年代もサッカーに対する思い入れ温度にも彼らとは微妙なズレはあると思うが、 私にも無条件に「こんな場所が欲しかった」と思える要素を満たしている新拠点だった。 当日はまだ開店の3日前。席を埋めていたのは彼のビジネス・パートナーや マスコミ関連を中心とした人々だけだったが、 早くあの店で気勢を上げる「主役」の赤い悪魔たちを見てみたい。 「ホームタウン」……理想的なサッカー郷を思い浮かべるときに、 浦和レッズと浦和に欠けているジグソーの残りのひとつは言わずもがなである。 ハンス・オフトは、そのピースを埋めるべく、この街にやってきたのだ。 この原稿を書いている部屋のモニターには、 先日の仙台戦でVゴールを決めた福田正博のシュートシーンが繰り返し再生されている。 レッズの新得点源として君臨するエメルソンが、ピッチ外の担架に横たわっている瞬間。 駒落ちとなったレッズの最前線で微妙な空白をつくってしまったベガルタDFの喉元を巧妙に、 そして抜け目なく突いた赤のユニフォームの背番号9。 先日、ある出版社の編集者氏と彼らの取材申請のために球団広報に赴いたが、 回答は色よいものではなかった。 上昇のムードを見きわめたオフトが、厳しい取材制限を加えているというのだ。 編集者氏は困惑したが、私は心中で快采を叫んだ。その調子、とさえ思った。 マスコミ対応よりも、まずは勝利が何よりだ。 駒場でのオープニング、サンフレッチェ戦を勝利できれば、 あるいは快進撃も期待できると踏んだ思惑は実現しつつある。 きわめて重要な意味を持つ真の「ホームグラウンド」というワンピースを、 ようやくにして私たちは手に入れたようだ。 J1復帰以降、駒場で闘ったレッズの戦績は11勝3敗1分け。 戦績から語るにも何ら遜色はない。 どこに出しても恥ずかしくない“我が家”がそこにある。 (この項、続く……………第9稿了 2002年4月18日) 私信 …… 毎回このコラムにお越しいただき、 有り難うございます。 お知らせなのですが、「URAWA POINT」にイラストを一点寄贈させていただきました。 興味のある方は御覧になってください。 お店の方で飾ってもらえているかどうかは不明ですが(笑)。 それから、ご紹介したい本が1冊。 文芸春秋社より3月15日に刊行された 山岡淳一郎さんの著作「マリオネット〜プロサッカー・アウトロー物語」 は必読です。 清水元球団社長がホルガー・オジェック、バジール・ボリらの入団契約を成功させるまでの エピソード等が克明に展開されていて、久々に夜明かし読書の快感を味わいました。 「駒場漂流過去ログページ」へ 皆さんの感想が豊田さんのモチベーションとなり次のコラムとなります。 是非とも感想は「豊田充穂コラム感想掲示板」までお願いします。 <無断転用・転載を禁じます>
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